なぜ日本料理はハーブやスパイスをあまり使わないのか?

アーユルヴェーダを学んでいると、ふと疑問に思うことがあります。

インドでは何種類ものスパイスを組み合わせ、中国では花椒や八角が香りを作り、タイやベトナムではレモングラスやコリアンダーなどのハーブが料理を彩ります。

それに比べると、日本料理はとてもシンプルです。

もちろん生姜や山椒、わさびなどは使いますが、「スパイス料理」と呼べるものはあまり多くありません。

では、日本人は昔からハーブやスパイスを使わなかったのでしょうか。

実はそうではありません。

今回は、日本料理が現在のような姿になった理由を、歴史や自然、そして文化の視点から考えてみたいと思います。

日本にも、昔からハーブはあった

まず知っておきたいのは、日本にも古くから香り豊かな植物がたくさんあったということです。

紫蘇、山椒、わさび、柚子、生姜、茗荷、木の芽、三つ葉……。

海外ではこれらを「和ハーブ」と紹介することもあります。

つまり、日本にハーブ文化がなかったわけではありません。

違うのは、その使い方です。

ヨーロッパではローズマリーやタイムを肉料理にたっぷり使い、東南アジアでは香草を束のように盛り付けることもあります。

一方、日本では香りを主張させるのではなく、料理の最後に少し添えて素材を引き立てる「薬味」として発展しました。

ここに、日本らしい食文化の第一歩があります。

日本の自然が育てた食文化

食文化は、その土地の自然と深く結びついています。

熱帯や亜熱帯では、レモングラスやバジル、コリアンダーなど、香りの強い植物が身近に育ちます。

そうした土地では、それらを日常的に料理へ取り入れる文化が自然と生まれました。

一方、日本は温帯の島国です。

四季があり、山や海から多様な食材が手に入りますが、熱帯地域ほど香りの強い植物が豊富に育つ環境ではありませんでした。

もちろん自然環境だけですべてを説明することはできません。

しかし、「どんな植物が身近にあったのか」は、料理の方向性に少なからず影響を与えたと考えられます。

魚を生かす料理だった

日本料理の特徴を語る上で欠かせないのが、魚中心の食文化です。

歴史的に見ると、日本では長い間、魚や大豆、野菜が食卓の中心でした。

魚料理では、鮮度や繊細な香りを大切にします。

そのため、生姜や山椒、わさびなどは使っても、クミンやクローブのような強い香辛料で魚そのものの個性を覆うことはあまりありません。

香りを「変える」のではなく、「引き立てる」。

そんな発想が、日本料理には根付いています。

日本は「香り」より「うま味」を育てた

世界の料理を見渡すと、香辛料を重ねて味の奥行きを作る文化は数多くあります。

もちろん日本にも発酵食品は豊富にあります。

味噌、醤油、酢、日本酒、みりんなど、日本は世界でも有数の発酵文化を持つ国です。

しかし興味深いのは、その発酵の使い方です。

例えば東南アジアでは、魚醤などの発酵調味料に加え、レモングラスやコリアンダー、バジルなどのハーブを何層にも重ねて料理を仕上げます。

中国でも、醤(ジャン)や豆豉といった発酵調味料に、花椒や八角などの香辛料を組み合わせ、複雑な香りを作り上げます。

それに対して日本では、味噌や醤油は「香りを主張する」よりも、「うま味やコクを育てる」方向へ発展しました。

さらに昆布や鰹節、煮干し、干し椎茸などから丁寧にだしを引き、料理全体の味を組み立てていきます。

つまり日本は、スパイスで味を重ねるのではなく、だしとうま味で料理に深みを与える文化を育てたと言えるでしょう。

「素材を生かす」という美意識

私は、この考え方こそが日本料理の本質ではないかと思っています。

日本料理では、

「何を足すか」

よりも、

「どう素材を生かすか」

が大切にされます。

刺身を思い浮かべてみてください。

わさびは添えますが、魚の風味が分からなくなるほど大量には使いません。

天ぷらも、衣は素材を包み込むためではなく、素材の持ち味を引き立てるためにあります。

この「引き算」の考え方は、茶道や懐石料理にも共通する日本文化の美意識です。

だからこそ、日本では香辛料を増やす方向ではなく、必要最小限で素材を際立たせる方向へ料理が発展していったのかもしれません。

日本人はスパイスを知らなかったわけではない

意外かもしれませんが、日本には奈良時代にはすでに胡椒や桂皮、丁子(クローブ)などが伝わっていました。

正倉院には、それらが現在も保存されています。

つまり、日本人はスパイスを知らなかったわけではありません。

知った上で、自分たちの食文化には全面的には取り入れなかったのです。

中国からは豆腐や麺、お茶など、多くの文化を受け入れながらも、日本人は自分たちの暮らしや味覚に合う形へと少しずつ変えていきました。

その積み重ねが、今日の和食をつくったのでしょう。

日本料理は「スパイスが少ない料理」ではない

こうして見ていくと、日本料理は決して「香りの乏しい料理」ではありません。

和ハーブの繊細な香り。

昆布や鰹節が生み出す深いうま味。

味噌や醤油が育てるコク。

そして素材そのものの味わい。

日本料理は、ハーブやスパイスを多用する代わりに、だし・発酵・薬味・素材の味を重ねることで、独自のおいしさを築いてきた食文化なのです。

アーユルヴェーダを学ぶと、世界にはその土地の気候や風土に合わせて育まれた食の知恵があることに気づかされます。

そして同じように、日本にも、日本という土地だからこそ生まれた食の知恵があります。

世界の料理を学ぶことはもちろん大切です。

でも、自分たちが昔から受け継いできた和食にも、長い歴史の中で磨かれてきた理由があります。

そんな視点で食卓を眺めてみると、いつもの味噌汁や一膳のご飯が、少し違って見えてくるかもしれません。

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